5年目でようやく授かった待望の2人目

結婚してすぐに授かった長女の願い

結婚して3カ月。私たち夫婦は初めての子どもを授かりました。それを知ったのはあまりにも突然のことだったので、とても驚いたと同時に大きな喜びでもありました。

妊娠を知ってからは仕事をセーブし、食生活を始めとする生活習慣を見直し、お腹の中の赤ちゃんのためになることを優先にした生活を送りながら大切に育てました。その甲斐あって、地元での里帰り出産では何のトラブルを経験することもないまま、元気な女の子を産むことができたのです。

それから2年の月日が経ち、娘も保育園に通うようになりました。だいぶ手も掛からなくなってきたということもあり「そろそろ2人目が欲しいね」と夫婦間でも話すようになっていました。娘のクラスでも弟や妹が産まれたという話がチラホラ出てくるようになり、「ウチもそのうち授かるだろう」と何の疑問も持たずに考えていました。

娘には保育園に入園してからずっと、仲良くしてくれるお友達がいました。その子には2歳下の弟がいます。一緒に遊んでいる姿を見ていると、お友達は下の子を気にかけたりお世話をしてあげたりと、お姉ちゃんらしく振舞っています。そして下の子は、そんなお姉ちゃんが大好きで一生懸命後をついて回ったり、泣いた時には甘えたりと愛らしい姿を見せていました。

私の娘がお友達の弟に優しくしても、一緒に遊ぼうと手を差し出しても、弟の方は見向きもしません。やっぱり大好きな自分のお姉ちゃんが一番なのです。そんな関係性を見て、娘も憧れを抱いているのが伝わってきました。「自分も小さい子に優しくしてあげたい。そして自分のことを頼りにして欲しい。」

「私も妹が欲しいな」

最初は独り言のようにつぶやいていた気持ちが大きくなり、私に催促してくるようになっていきました。その年のクリスマス、娘がサンタさんにお手紙を書いてお願いしたのは「可愛い女の子の赤ちゃん」でした。

なかなか授かれない2人目に悩んだ日々

「そろそろ2人目が欲しいね」

そんな風に考えだしてから3年が過ぎても妊娠することはありませんでした。30代後半の私にとっては年齢的なことも考えて焦りが出てきていました。

主人はあいかわらず「赤ちゃんは授かりものだから、そのうち来てくれるよ」なんて悠長なことを言っており、「できなかったとしても、それはそれでいいんじゃない」という風に考えていたため、夫婦喧嘩になることもよくありました。

しかし娘のことを思うと、やっぱり「お姉ちゃんにしてあげたい。きっとあの子なら優しく面倒見の良いお姉ちゃんになってくれる」と感じていたので、夫婦でちゃんと話す機会をつくるようにしました。話し合いを何度も重ね、「2人目不妊」について調べてできることはやってみようということになりました。

さっそく婦人体温計を購入し、毎朝の基礎体温をつけることからスタート。ホルモンバランスが乱れていないか、排卵日はいつ頃なのかを調べるには基礎体温がわかりやすいからです。不規則な生活や運動不足を改めるよう、できることは生活の中に取り入れました。

また、インターネットで排卵検査薬を購入し、排卵が近づいてきたら検査薬を用いてタイミングを合わせてみることもしました。しかし、2人目を考え始めてから4年目が過ぎても、なかなか授かることはありませんでした。いろいろ試してみても結果に結びつかず、どうしたら良いのかと悩む日々が続きました。

近くの産婦人科を調べてみると、不妊外来もやっているとのこと。人工授精や体外受精といった高額医療となると途端に不安を覚えましたが、視野に入れていかなければ授かれないかもしれないと考えるようになっていました。

幸い、私の住んでいる地域では、上限があるものの不妊治療にかかった費用の半分を助成するという制度があることもわかり、「一度、病院で相談してみよう」ということになりました。

最初の数カ月は基礎体温を元に卵が育っているかの確認をして、タイミングに良い日を教えてもらうことを繰り返していました。しかし、タイミング法では授かることはできず、毎月の夫婦生活も義務的なものになっていきました。

「赤ちゃんが欲しいけど、なかなかできない」と職場の同僚に相談してみました。すると、同僚の経験から「卵管造影検査」をしてみることを勧められました。

卵管造影検査とは、子宮に造影剤を注入し、レントゲン撮影で卵管の通り具合を調べるというものです。卵管に詰まりがあると不妊の原因になりますが、軽い詰まりなら造影剤が押し流してくれます。子宮の形や卵管付近の異常もわかるため、不妊の原因となっている場合には対策も行うことができます。

「ただ、とっても痛いよ」その言葉に恐怖を感じたものの、「でも詰まりが取れて流れが良くなれば妊娠しやすくなるらしいよ」という言葉に背中を押され、意を決して「卵管造影検査」に挑戦することにしました。

検査自体はほんの数十分ほどで済みました。最初は生理痛のような鈍痛でしたが、造影剤を注入されると激痛が走りました。「赤ちゃんを授かるため、一度きりのことだから」と自分に何度も言い聞かせながら痛みに耐えました。結果的に詰まりもなく、問題も見つかりませんでした。医者の話では半年ほどは妊娠しやすくなるとのこと。一時的に体はきつかったのですが、気持ちは期待感でいっぱいでした。しかし、卵管造影検査を終えて半年が過ぎても妊娠することはありませんでした。

諦め始めた矢先に発覚した2人目の妊娠

年が明け、初詣には子授け・安産のご利益があると言われる神社へ参拝に行きました。家族の願いはただ一つ。「元気な赤ちゃんを授かれますように」。夫婦で色違いの子授け守りを購入し、それぞれ持つことにしました。

「体外受精や人工授精は授かるまでをゴールとするなら先が見えないし、長引けば経済的にも精神的にも負担が大きい」「2人目が授かれなくても庭付きの一戸建てを購入して、家族3人で楽しく暮らそう」その頃には主人との話し合いで、2人目は無理に授かろうとしないことで意見が一致していました。私もなるべく期待しないようにし「もし家を買うならこんな家がいいな」などと娘と話しながら未来の生活が楽しめるようにと想像していました。

2月の終わりが近づく頃、今月の生理がきていないことに気づきました。「あれ?」と思いつつ、「もしかして…」と思うとドキドキが止まりません。検査薬で調べるにはまだ早すぎることもわかっていましたが、思わずドラッグストアへ走りました。

「…やっぱりまだ早かったかも」フライングにガッカリしながらも、5日後にもう一度調べました。(自分の中で1週間後と決めていましたが、待ち切れなかったので5日後になりました)

すると、今度はうっすらと陽性反応が見られました。驚きと嬉しさと戸惑いと、いろんな感情が湧きあがってきました。何度も何度も検査薬を見直しては、陽性反応が夢ではないことを確かめました。

「もう諦めかけてたよ。一戸建て買って、庭でガーデニングに励むとこだったよ」4年もの間、いろいろ試してきたけどダメだった。ようやく違う人生の選択もあるんだと別の方向を向き始めた矢先に実るなんて。そんな風に考えながらも、やっぱり嬉しさの方が何倍も勝っていました。

なにが妊娠に結びついたのか

後日、産婦人科で妊娠の確定をもらい、母子手帳を受け取りました。「これまで自分なりに頑張ってきたけど、諦め始めた矢先に赤ちゃんが来てくれるなんて。人生ホントにどうなるかわからないもんだな」としみじみ思いました。

なにが妊娠に結びついたのかと聞かれると、答えは正直わかりません。

この5年間、私の生活も考え方も変化の連続でした。生活習慣を見直し、食生活の改善や運動を日課にすること。基礎体温を測ることで自分の体のリズムを把握すること。

検査を受け、異常がないことを確認できたのに授かれなかったことに対する葛藤。お互いの思いをぶつけ合ってきたたくさんの夫婦喧嘩。

いつの間にか気持ちが先走って、自分でプレッシャーをかけていたのかもしれません。それが過剰なストレスになって自分を苦しめていたのかもしれません。結果的に諦めようと意識を他のところに向けたのが良かったのかもしれません。

どれが直接妊娠に結びついたのかはわかりませんが、結果的に待ち望んでいた2人目を授かることができました。その子も現在、生後4か月。上の子とは7歳もの年の差がありますが、とても可愛がってもらいながらすくすくと元気に育っています。

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