2018/11/3 30代人工授精

不妊治療を辞めて懐妊をした話

不妊とは?

実は私達夫婦は、元より「強く子どもを望んでいたわけではない夫婦」でした。

ですので結婚後、数年子どもが出来なかった事実についても、さほど深刻にはとらえていませんでした。

とはいえ、いつかは子どもが出来るといいなとは思っていましたし、いつかは来るものだと漠然と信じていた所があります。

しかし、待てど暮らせど、その兆候はなく、毎月普通に月のものはやって来ます。

私自身、「強く子どもを望んでいるわけではない」と言っていたものの、そのたびに、少しずつ落ち込んでしまう事を否定はできませんでした。

そして、私たち夫婦がいわゆる「不妊である」と気付いたのは、結婚後5年ほど経ってからです。

それまでは、「なかなか子どもが出来ないなあ?」と思う程度だったのですが、孫を待望する私の実母から「これだけ待っても妊娠しないのは、何か問題があるのではないか?」という発言があって、はじめてそこで「私たち夫婦は不妊なのか」と思い始めたのです。

その時調べて初めて知ったのですが、妊娠を望んだカップルが1年(日本では2年と言う場合も)以上妊娠が出来ない場合は不妊症と言われるとの事でした。

この時点で私たちの場合は倍以上の時間が経過していたので、もっと早く行動に移すべきだったのかもしれないと後になって思ったものです。

不妊治療の開始と段階的に進めていく療法

一番初めに私が相談に訪れたのは、地元のこぢんまりとした産科のない婦人科の先生でした。

ここの先生は以前、婦人科の不調で通った事のある医院で信頼をしていた先生でもあったので、まずはその先生に相談をするためでした。

最初はその先生のもとに通い、生理不順の治療という形で保険治療を行いながら、基礎体温表と内診による排卵のタイミングの把握などによる、いわゆる「タイミング療法」から始まりました。

実はこの時点では、私にも夫にも生殖機能がきちんと備わっているかどうかは不明でした。

しかし、私の年齢(当時32歳)や状態を診て頂き、数回この治療を行って駄目であれば専門の病院に転院しましょう、という進め方で始まりました。

5回ほどはここの医院にてタイミング療法を試したのですが、結果、ここの治療では子どもを妊娠する事は出来ませんでした。

また、基礎体温表は以前から付けていたので判ったことなのですが、その私の体温の推移から10回の内2回ほどは無排卵生理だったのではないか、という疑いもありました。

「女性の年齢(34歳)としてはまだチャンスはあるけれども、男性の年齢(43歳)が少し高いので、次の段階に進むのも早い方が良いだろう」という先生のアドバイスもあり、私たちは治療を始めて半年で生殖医療専門の病院へ転院することとなりました。

当時私は仕事もしていたので、自宅からは少し遠くになるその生殖医療専門医に通うのは、とても大変な事でした。

専門医に行ってまずおこなったのは、私に生殖機能がきちんとあるかどうか、です。

実際に無排卵生理が起こっている疑いが強かったのですが、内診などから「卵子はそれなりにあり妊娠には問題もないようだけれども、残りの卵子が年齢の割に少ない」と言うような検査結果でした。

ここでの治療は地元の婦人科と同様に、まずはタイミング療法となりました。

しかし、そのタイミングを確実なものにするために、私はホルモン剤の服用も開始しました。

3回目くらいには、夫の精液検査も行い、双方に問題がないかどうか、の確認もしました。

その後も、錠剤や点鼻薬を用いたホルモン治療による排卵誘発とタイミング療法を続けたのですが懐妊には至らず、5回目くらいからは人工授精(AIH)を行う事となります。

そこまで進めても、私は妊娠しませんでした。

子宮卵管造影検査と治療の休止

治療が1年以上になると、金銭的にも精神的にも辛くなってきました。

最初は「強く望んでいたわけではない」はずだったのに、何故こんなことになったのだろう?とも思いました。

逆に、もっと強く望んでいる人から見たら、気を楽にやってる分、私はまだいいのかな?と言ったような、自分を納得させようという気持ちを持ったりもしました。

この段階では、私にも、夫にも、不妊の原因となるような要素はありませんでした。

しかし、明確な原因が無くても不妊になる確率は多いそうです。

ここまで治療をしてきて、担当医が「一度、子宮卵管造影検査を行いましょう」という提案がありました。

子宮卵管造影検査とは、子宮頚管から内膣へ造影剤を流し込んでレントゲンを撮るという検査で、卵管がちゃんと通っているのか、を診ると同時に造影剤を流し込むことで卵管の通りをよくする、という治療でもあるとの事でした。

この検査を行った後、卵管に異常があればすぐに、異常がなくても何回か妊娠が出来なかったら、体外受精を考えましょう、とも。

私はその時点では検査がどういったものか、そのような検査兼治療があるのか、など全く知らなかったのですが、ここできちんと先生から説明を受け検査をすることとなりました。

この検査は、かなり個人差があるもののようで、痛みを感じる人、まったく感じない人、それぞれあるそうです。

私は、残念ながらというか、痛みを感じるパターンでした。

検査の前段階でバルーンを挿入するのですが、その時点では私は全く大丈夫だったのです。

しかし検査用の造影剤を注入されると、体の感じたことのない部位が痛みと(何故か)熱さを感じてじっとしていることが出来ない程でした。

レントゲンを撮る検査ですので、動いてはいけないのですが、そんなことは言っていられないという感じでしたし、この検査の後は3日ほどまともに起き上がれなくなりました。

出産した今現在だからこその感想ですが、正直なところ分娩の痛みよりも辛かったです。

ところが同じ日に同じ検査をした方達が何人かいたのですが、検査の前段階ですでにぐったりとしていた人や、検査が終わってもまったく平気な顔をしていた人など、本当に個人差があるのだと思いました。

検査の結果は、レントゲンがぶれてしまい明瞭な写真を撮ることはできなかったのですが、どうやら2本ある卵管はどちらもちゃんと通っている事、片方だけ少し狭くなっているようだったけれども、この検査で広がるので改善になるだろう、という事でした。

しかしこの後も、やはり懐妊に至ることはなく、だんだんと疲れてしまい、もう辞めようかと夫婦で話し合う事になるのです。

治療を辞めたと同時に

治療に疲れて色々と疲弊していた私を見て、夫が体外受精に挑戦する前に少し休憩しようかと言ってくれ、一度不妊治療を休止することになりました。

ところが治療を辞めたその月に懐妊、という予想だにしない結果となりました。

ここまで1年以上にわたっての不妊治療でも妊娠することのなかった身体ですので、最初は全く信じられず、妊娠後の生理予定日が2週間ほど遅れてもまだ妊娠検査薬も用いず「今月は服薬治療もやめたから月経が遅くなってるのかな、生理前の高温期がだらだら続いてだるいなぁ」と呑気に思っていたものです。

さすがに1ヶ月近く遅れてきた時、ここで初めて妊娠検査薬を使うと、くっきりと「妊娠陽性」の表示が出て、とても驚いたことを覚えています。

すぐに生殖専門医へ行き、再度きちんと検査したところ、エコーにほんの豆粒ほどの小さな赤ちゃんが映っていました。

先生にも、「今月は治療をしていないのに、良かったですね」と祝福していただき、その子がそのまま無事生まれてきてくれたのでした。

今思えば、治療を辞めたと同時に授かったようなタイミングではありましたが、そこまでの服薬などによる私自身の月経周期の改善であったり子宮卵管造影検査による拡張などが、この結果をもたらしたのかな、とも思っています。

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