新たな提案。
人工授精の話が出たのは、不妊治療を始めて半年が過ぎた頃でした。
病院に足を運んだ最初の検査で、私の卵管の詰まりが判明し、手術。
その後はタイミング法で妊娠にチャレンジしましたが、それももう5回目を終えようとしていました。
中々思ったように進まない不妊治療にイライラが募り、
このまま同じ事を繰り返していても、ダメかもしれない。
心のどこかで、そう感じていたので、医師からの提案を、私は好意的に受け入れる事が出来ました。
自然に妊娠する事は出来なかったけど、医療の力を借りて、もしかしたらお腹に命を宿す事が出来るかもしれない。
前向きにチャレンジしよう!きっと夫も新たしい提案を受け入れてくれるだろう。
そう思い、その日は夫の帰宅を緊張しながら待ちました。
夫の反対。深まる夫婦の溝。
病院からの提案を伝えた夫の反応は意外なものでした。
娘に兄弟をつくってあげたい、とずっと望んでいた夫。
今までも協力的であったので、きっと人工授精の話も、二つ返事で受け入れてくれるものとばかり思っていました。
そんな彼から突き付けられた返事はNO.
人工授精はしたくない。もう少し自然に妊娠が出来るように頑張ってみないか。という、次のステップに進む事を明らかに拒否した答えでした。
私は、夫の言葉を受け止められず、一瞬頭が真っ白になりました。一体彼は何を言っているのだろう?今まで子どもが欲しいと言っていたのは嘘だったの?
気持ちが昂り、怒りと共に、強引に話を前に進めようとしましたが、結局この日、話し合いは平行線に終わりました。
なぜ、人工授精をしたくないかという夫の答えも釈然とせず、明確な理由もなく戸惑っているようにも見えました。
否定するだけでなく、納得する理由もくれないなんて!私の中で、消化できないモヤモヤとした気持ちが膨らみました。
・・・何がいけないんだろう?どうしたら前に進めるんだろう。
自分の中で悶々と自答する日々が続きました。
色々考えました。
家族ってなんだろう。
夫婦ってなんだろう。
私が大切にしたいものってなんだろう。何のために生きているんだろう。
すやすやと眠る娘の横顔を見ながら、こんなに幸せなのに、私はこれ以上何を求めているんだろう?と涙が頬をつたいました。
でも、本当は、私も気付いていたのです。
夫が嫌なのは、人工授精そのものじゃなくて、不妊治療にあまりに必死になり、強引に物事を推し進めようとする私なんじゃないかって。
本当に大切な人を、大切にできていない私自身なんだって。
結婚したての頃は、2人でいればそれだけで満足でした。
それなのに、今は足りないものを探してばかり。
長女が生まれて、家族が3人になって、今度は兄弟を作ってあげたいという想いが募って、、
いつも足りない足りないって思って、なんだかこれじゃ、家族のどこかが欠けているみたい。
私たちは、決して欠陥家族じゃない。
今のままで、充分なのに。充分、幸せなのに。
本当に大切にしたいのは、目の前にいる家族の気持ち。
だから、人工授精も、焦らず、夫の気持ちが向くまで、待ってみようかな。
今に感謝して、もっと楽しんでみようかな。
こんな風に考えられる様になるまでには、私にも時間が必要でした。
あの一件があってから、お互いにコミュニケーションを避け、家での夫との会話は、以前に比べ随分減っていました。
このままじゃいけない。。。
思い悩んだ末、私は気持ちを、夫に伝えることにしました。
家族を大切に思っている事。夫にはとても感謝している事。
そして、矛盾するかもしれないけど、もしチャンスがあるのなら、私たち家族に、もう一人仲間を迎える努力をし続けたいということ。
いつか気持ちが向くまで、待つつもりだということ。
しっかり向き合って話すのは、とても勇気がいる事でした。でも、これが新たな一歩を踏み出す転機となりました。
夫が守りたかったもの。それは。
正直に気持ちを伝えた後、夫の口から出た言葉は、人工授精にチャレンジしてみようというものでした。
彼も彼なりに、数週間色々考えたようです。
「人工」と名のつく不妊治療。名前のインパクトだけが先行し、知識の欠如から湧きでる不安。
そして、初めて自分が病院へ足を踏み入れることの恐怖。
病院へはいつも私だけが通っていたので、恥ずかしさと不安とが入り混じり、すんなりと事を進める事が出来なかった、と打ち明けてくれました。
そして、何よりも、彼が守りたかったもの。それは、男のプライド。自分自身に非があるかもしれないと分かるのも嫌だったのです。
そんな事を、ポツリポツリと話す夫を見つめながら、なんだかやっと、夫婦として足並みがそろったと感じました。
不妊治療は、1人でするものじゃない。夫婦二人で頑張っていくものなんだ。
話をすれば、喧嘩ばかり。毎月毎月落ち込んで、泣いて・・・
不妊治療は、嫌な事ばっかりだと思っていたけど、見方を変えれば、いいことだってある。だって、家族の絆がぐんと深まったから。
神様は、そんなに意地悪じゃない。ちゃんと見つめれば、思うようにいかない毎日に、ちょっとしたプレゼントを用意してくれている。
人工授精の結果は。
人工授精は初めの1回が、一番妊娠の確立が高いと言われています。
回数を重ねるたびに、妊娠率は低下し、5回を目途に体外受精へステップアップを進められる。そんな話を友人から以前聞いていました。
否が応でも、自然と、1回目に期待が高まります。
初めての人工授精。結果は、着床せず終わりました。
期待が大きかっただけに、悲しみと落胆で、その場で泣きました。
大丈夫。大丈夫。次がんばろう。と自分を励ましながら、もしかしてもう終わりは来ないんじゃないかと不安がよぎりました。
一つ、人工授精をしてみて新しい発見があったのは、夫の精子の状態があまり良くないという事でした。
妊娠に必要な良好な精子の数が、圧倒的に足りないとの見解でした。
今まで、自分ばかりを責めていたけれど、なんだ。お互いさまだったんだ。
なんだかほっとする自分もいました。
夫には、事実を淡々と伝え、
原因を責めるのではなく、今の現状を理解して、よくなる努力をしていこうと話し合いました。
2回目の人工授精。
今度こそ、という強い気持ちで臨みました。
私にはタイムリミットがある。だから今回こそお願い。と、神にもすがる気持ちでいましたが、今回も、妊娠することはできませんでした。
今思えば、相当なストレスとプレッシャーが、かかっていたのだと思います。
とても現状を冷静に見る事が出来なくなり、落ち込み気味の日々が続きました。
やっぱり、ダメなのかな。。
そんな気持ちを覆すように、私が第二子を妊娠したのは、その翌月の事でした。
その月は、色々とタイミングが合わず、人工授精は行いませんでした。
第二子を望んでから、2年近くが経っていたので、自然妊娠はないだろうと思っていた矢先、待ちに待った待望の赤ちゃんが私のお腹に宿りました。
それは、私たち夫婦にとっては奇跡と思える出来事でした。
今までと何が違うかと聞かれたら、正直正確にはわかりません。
ただ、一つ言えるのは、プレッシャーもなく、心がとてもリラックスしていたという事でした。
こうして私たち夫婦の不妊治療は終わりを告げました。
振り返ると、とても濃い夫婦の時間だったと思います。
向き合い、いがみあい、心を閉ざし、でもまた向き合って、共に歩み。。。
2年間の不妊治療は、決して楽しい時間ではありませんでした。
沢山泣いて、悩んで、胸が締め付けられるような想いを何度もしました。
でも、感謝していることもあります。
それは、不妊治療という現実を通じて、大きな問いかけをもらったこと。
全ての過程に意味があるとしたら、今何を感じ、何を学ぶ?
結果じゃなくそれが全てだと、今改めて感じています。