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2018/09/20 40代体外受精

不妊治療の体験談

私が不妊治療を始めたのは、38歳後半でした。厳密にいうと、もうあと数か月で39歳になろうとしている時期でした。昔から子どもは大好きでしたし、結婚したら普通に子どもを持てると当たり前のように思っていたので、まさか自分が、不妊治療をするとは、夢にも思っていませんでした。


妹は私より早く結婚し、子どもも彼女が30歳の時に第一子を33歳の時に第二子を出産していましたから、私も問題なく妊娠できると疑ってはいませんでした。しかし、彼女よりも生理周期が私のほうが長いこと、生理不順であること。それらを色々分析すると、私はひょっとして妊娠しやすい身体ではないかもと、33歳頃に思い始めました。


独身時代のある日、不正出血があったため、産婦人科に行ったところ、そこで子宮筋腫が見つかりました。子宮筋腫自体はあまり大きいものではないので、すぐに手術ということはありませんでしたが、担当医師から場所が卵管の近くにあるから、妊娠しにくいかもしれない。高齢になると更に妊娠しづらくなるから、妊娠を希望するならば、できるだけ早くしたほうがいいと、アドバイスを受けました。しかし、残念なことに相手がいません。


37歳の時に今の主人に出会い、38歳で結婚をしました。主人は、もう少しゆっくりとお付き合いをしてからと思っていたようですが、私は子どものことを考えると、少しでも早く結婚して、妊活がしたかったのです。


結婚してすぐに、定期的に行っていた子宮筋腫の検査に行きました。引っ越しをしていたため、子宮筋腫を発見した産婦人科とは別の病院でしたが、そこでも担当医師から、妊娠したいならすぐに高度医療の治療を受けたほうがいいと、アドバイスされたのです。それは私が38歳という高齢だったからです。


子宮筋腫があろうとなかろうと、38歳(間もなく39歳)という年齢は、自然妊娠するには、

決して不可能ではないけれど、若い人よりも確率はぐっと減ります。タイミングで、何周期も無駄にするより、すぐに不妊治療をしたほうがいいということでした。


幸い、私が住む市の中に、不妊治療センターがありましたから、早速そこに通院したいという希望を主人に相談したところ、主人は反対はしないものの、しばらくはタイミングで頑張りたいというのが、彼の意見でした。


私は38歳でしたから、確かに産婦人科の先生の言う通り、妊娠する確率の低いタイミング法で何周期も無駄にするより、治療を受けたほうがいいという考えでしたが、主人の意見も理解はできました。結婚してすぐに治療を受けたいと言われても、少し早くないのでは?ましてや彼は34歳。私より若くて健康な男性です。自然妊娠を希望するのも当然です。

しかし、何とか主人を説得して、不妊治療センターに通うことなったのです。


予約日当日、不妊治療センターに行って、びっくりしました。座る場所がないくらい、人が座っているんです。この人たち、全員が妊娠できなくて、不妊治療を行っているのかと思うと、少し怖くなりましたが、私はすぐにここを卒業すると、あまり深刻には考えていなかったのです。


治療を始めて、すぐに人工授精や体外受精に入るかと思ったら、最初は血液検査や、ホルモン値の確認などで、数周期は特別な治療を受けることなく時が過ぎました。そうしているうちに、私の誕生日は過ぎ39歳になってしまったのです。超音波で排卵予測する、タイミング法を4回ほど行いましたが、妊娠することはできませんでした。そのため、人工授精にステップアップすることになったのですが、私の幼馴染が39歳の時に初めての人工授精で妊娠できたため、私もこれでやっと妊娠できると、勝手に安心していました。


しかし、結果は陰性。その数日後に、高校時代の友人が妊娠したと報告を受けました。しかも自然妊娠です。私は、人工授精で妊娠が出来なかったときは、さほど落ち込みませんでしたが、友人の妊娠報告を聞いた瞬間、自分の中で、何かが崩れていくのを感じました。

グループラインで、他の友人が「おめでとう。予定日はいつ?」など楽しそうに会話している中、私は「おめでとう。良かったね」というのが、精一杯だったのです。


私は、排卵日を確定してもらって、何度もタイミングを取ってみても妊娠できない。人工授精をしても妊娠できない。私は、いつ子どもを授かることができるの?という恐怖さえも感じながら、大切な友人の喜ばしい報告を祝ってやることもできないと、自分自身も嫌になりました。


1度目の人工授精の結果が陰性だったあと、通常ならあと数回人工授精を繰り返すのですが、私たち夫婦はすぐにステップアップして体外受精することになりました。なぜなら、主人にも男性不妊の原因が見つかったからです。

人工授精をする際、精子を採取しなければいけないのですが、そこで確認したところ、精子の数が平均より少ないことが判明したのです。そのため、主人は泌尿器科で薬を処方されるようになりました。男性の場合、一定期間薬を処方すれば、改善することが多いとのことです。


私自身には、はっきりとした不妊の原因はありませんでしたが、妊娠できないのは、確実に「年齢」だと思っていました。しかし主人は明確な不妊原因があったということで、時間を無駄にしないためにも、早々のステップアップを希望しました。


タイミング法が駄目なら、人工授精。人工授精が駄目なら体外受精。これでやっと妊娠できるでしょうと、再び簡単に考えていましたが、やはり妊娠は簡単なことではありませんでした。最初の体外受精では、痛い思いをして採卵に臨んだにも関わらず、精子と卵子が上手く受精せず、移植すらできない状態でした。


妊娠は精子と卵子が合体して受精卵となり、その受精卵が子宮に着床して、始めて妊娠となります。人の手を借りても、受精卵すら作れなかったとなると、もう何をどうしていいのか分からなくなりますが、諦めるわけにはいきません。諦める=それは子どもを持たない人生かもしれないということを受け入れることなのです。私にはできませんでした。


採卵するための排卵誘発剤やホルモン補充剤には、さまざまな種類のものがありますが、全て先生にお任せして、薬に対して余分な知識を頭に入れ込むことはやめました。高い薬であろうと、先生を信用して、毎日注射を打ったり、シールを貼ったり、膣剤使用したり。


採卵の度に、これで最後。本当に最後だから、痛くても頑張る。そう自分に言い聞かせていたのですが、結局5回も採卵をしてしまいました。5回もしていると、少しでも痛くないようにどうしたらいいか、なんとなくわかるようになりました。4回目の採卵の際、採卵するタイミングが合わず、取れた卵子は未熟卵が多く、たった1個の受精卵しか作ることが出来ませんでした。本来、2段階移植を予定していたので、1個では移植できません。そのため、移植はキャンセルとなり、2段階移植をするために、5回目の採卵をする必要がありました。2段階移植は、まず1つの受精卵を子宮に戻します。その数日後に、更に成長した受精卵を移植するものです。最初の受精卵を移植したことにより、子宮内が「妊娠しやすい状態」になるというのです。


移植して2日後、いつもはできない蕁麻疹が体中に出来ました。そして、更に数日後には、脚の付け根が痛くなりました。もしやこれは「妊娠の初期症状?」と期待をしましたが、この期待をして、何度裏切られたことか。主人には、その身体の変化については、一切伝えることなく、二人で妊娠判定日を待ちました。


診察室に入って、先生から「妊娠していますね」とホルモン値の用紙を渡されたときは、

これで長い不妊治療生活が終了。先生本当にありがとうございました。という思いでいっぱいでした。


不妊治療は1年半という期間でしたが、世の中には、私よりも、もっと長期間治療に携わっている人がいます。不妊治療は出口の見えない治療だと言いますが、本当にそうでした。

経済的にも苦しい時期でしたが、今は娘を見る度に、諦めなくてよかった。とつくづく思う日々です。

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