私の手探り妊活体験

妊活の始まり

私たち夫婦の妊活は、「子どもが欲しい!」と明確に決意して始まったものではありませんでした。

自宅の賃貸契約更新時期に差し掛かり、引っ越しをするか否か、引っ越すならどのような所が良いか、何となく相談し始めた時から、お互いに少しずつ意識が高まっていった、そんな成り行きであったと思います。結婚して4年ほど経過した頃のことです。

引っ越し先の条件等を相談する内に、「近い将来子どもを持とう」「そのために保育園などを探しやすい土地で、今よりも広い部屋を探そう」、そんな風に、私たちはこれまでの生活を変化させることを緩やかに決断していました。私たちは引っ越しをし、そして緩やかに妊活を始めました。

妊活とは言っても、当初はインターネットで妊娠に関する基本的な情報を確認したり、アプリで基礎体温を記録したりするだけのものでしたが、数か月経っても妊娠の兆候は一向に表れませんでした。月経が来てがっかりし、あるいは出血があっても「着床出血というものがあるらしいし…」等とよくわからないままに考え始めたこの頃、私はようやく産婦人科を探し始めました。

働きながらの通院

当時の私の仕事は、夜7時までの診察時間の病院では到底間に合わない状況でしたが、夜10時まで受付可能な産婦人科があるとの情報を得て、早速受診することにしました。その病院は不妊治療専門の病院ではありませんでしたが、私には他に選択肢がありませんでした。2~3時間の待ち時間は当たり前で、いつも遅くまで患者さんでいっぱい、深夜0時頃まで診察される先生にも、頭の下がる思いでした。

初診時は、月経周期よりも早めに出血があったために「着床出血かもしれない!」という焦りの交る前のめりな気持ちを隠しつつ、「不正出血があった事/妊娠を希望している事」の2点を伝えました。「不妊治療」をしたいと申し出るような段階には、まだこの時点では至っていませんでした。内診の結果、今回の出血は月経が少し早まったものだろう、と先生に説明され、今後のため血液検査も実施することになりました。

検査の結果、卵巣の働きが悪いとのことで、排卵誘発剤とホルモンの過剰分泌を抑える薬を処方されることになりました。身勝手ながら、自分の身体に原因があるかもしれない、という動揺は少なからずありましたが、改善出来るならばと気を取り直し、指示通りに薬の服用を始め、基礎体温を記録し続けました。

私は仕事の繁忙期を迎え忙しくしながらも、「通院して薬を飲んでいる」というだけで、「前進している」気分でした。先生は基礎体温表を見て「順調ですね」と毎回言ってくれます。次の帰省時には両親に良い報告ができるかもしれない、次は間に合うかもしれない、そんなことをぼんやりと思いながら、ふと気が付くと9か月、10か月と過ぎて、私ははっきりと焦り始めました。

先生は基礎体温表を見るだけだが、本当に卵巣の働きは良くなっているのか。不安がよぎる中で、ある時先生から「順調ですね。ここから先は自力で頑張って。」という旨のことを告げられました。

大袈裟なようですが、私にとっては唐突に突き放されたような衝撃がありました。元来のんきな私は、この時になって「子どもが本当に欲しかったら、このままでは駄目だ」ということをようやく実感しましたが、同時にすっかり疲弊しきってしまい、通院も基礎体温の記録も、しばらく投げ出すことになってしまいました。

退職と転院

一方この頃、夫自身も検査をすることに積極的になり、夫は夫で、休日を利用して泌尿器科で検査することになりました。結果は特に問題なし。私は既に疲れきっていたタイミングでしたが、私の検査・通院は夫に強要されたものではなかったし、夫の検査も私から強要するものではないように感じていたので、それぞれ自発的なタイミングで検査出来たことは、それはそれで良かったと思っています。勿論夫の検査のきっかけが疲れた私の様子を見て、ということだった可能性はありますが、私としては、自分の疲弊とは別の所で、小さな前進を感じられる良い機会でした。

しかし気持ちを切り替えようにも、今の仕事のままでは不妊治療を行っている病院への転院もままなりません。

私は契約社員で契約年数に限りもあり、産休・育休制度はありましたが、私の雇用形態で実際に取得した人はこれまでゼロ、というのが現実でした。何事もなくこの仕事を続けていれば、1年半後には契約の上限を迎え、その後グループ会社へ行ければまた数年の後正社員になれる可能性もある、等と伝えられ、その不確実な糸を頼りにこのまま仕事を続け、不妊治療はお預けとするのか、悩みました。しかし、やはり育児を含めた自身のキャリアを、長い目でもう一度考え直す必要があるのではないかと考えるに至り、夫と相談した結果、一度退職し、勉強を含め転職に向けてじっくりと活動することに決めました。

不妊治療については、どう転ぶのか見当もつきませんでしたが、妊娠出産は計画通りに進めることなど出来ないということを痛感していましたし、何より私たち夫婦の「子どもが欲しい」という気持ちを大切にしたいと感じていたので、退職後一刻も早く始めようと思い、不妊治療を積極的に行っている病院を見つけ通うことにしました。

今思えば当たり前のことですが、新しい病院は治療の今後の見通しについて等、明確に説明してくださり、それだけでとても安心したことを覚えています。以前の病院で指摘された卵巣の問題については、この病院では全く問題ない値であり薬を飲む必要もない、あらためて実施した検査の結果からみても問題ないとのことで、漢方の処方のみになりました。

初めの2か月ほどはタイミング指導を受けつつ、感染症などの詳細な血液検査を実施しました。結果特に問題はなく、早々に卵管造影検査を実施することになり、このときばかりは覚悟していた以上の痛みがあり参りましたが、結局この後2か月ほどで、第1子を授かることになります。卵管通水検査により妊娠確率が上がっていた時であり、退職後、心身ともに余裕が出てきた頃のことでした。

自分らしい前進を

妊活の有り様は、本当に人それぞれであると思います。それぞれの事情も、その先の子育てに関する考え方も様々です。私自身は今後も仕事をすることを希望しているので、これから就職できるのか、保育園は見つかるのか、自分で選んだ道とはいえ新たな悩みは尽きません。自分の希望した通りの生活を得るのは、きっとなかなか難しいことなのだろうと想像しますし、そのための最適な道を選んできたとは到底思いませんが、そもそもそんなものがあるのかどうかも、分かりません。

私の妊活体験は行き当たりばったりで、言わばのんきな性格がそのまま反映されているとも言えます。どこを取っても「計画性」「無駄のない」等という言葉とは無縁でしたが、少なくとも一つ一つの決断についての後悔はなく、そうでしかあり得なかったようにも思えますし、仕事を辞めずに済む方法もあったかもしれない、という思いになることもあります。いずれにせよ、何事も必要に迫られた時に必要な決断を、誰かと、家族と、手探りでし続けていくしかない、ということでもあったように思います。今後も生じるであろう様々な悩みについても、その繰り返しなのではないかと、今は感じています。

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